最近ずいぶん「リテラシー」という言葉が認知されてきたように思います。
弊社が「リテラシーマーケティング」という商標を登録商標として出願したのは2005年ですが、そのときはまだ、ほとんどの広告・マーケティング関係者は消費者(つまり顧客)のリテラシーの重要性に気づいていませんでした。
なぜリテラシーという言葉はこのように急速に普及したのでしょうか?
その最大の原因はやはりインターネットの浸透にあるでしょう。
インターネットの世界では、基本的に、あらゆる情報は共有化されてしまいます。
しかも、その結果として顧客のリテラシーは次第に増幅していくものです。
売る側はそのことを常に意識しておかなければなりません。
商品やサービスを売りにくくなった、と感じている営業マンもいらっしゃるかもしれません。
しかし一方で、顧客のリテラシーが高まることで売りやすくなった、と感じている営業マンも確実にいるのです。
その差は何なのか、一度きちんとつきつめて考えてみる必要があるでしょう。
いつの時代にも悪徳な業者はいます。
インターネットの時代には、インターネットを使わない(あるいは使えない)消費者、とりわけ高齢の方が、集中的に悪徳な販売員のターゲットにされてしまう可能性が出てきます。
この傾向は消費者だけではなく売る側も、きちんと監視しておかなければなりませせん。
弊社が「リテラシーマーケティング」という商標を登録商標として出願したのは2005年ですが、そのときはまだ、ほとんどの広告・マーケティング関係者は消費者(つまり顧客)のリテラシーの重要性に気づいていませんでした。
なぜリテラシーという言葉はこのように急速に普及したのでしょうか?
その最大の原因はやはりインターネットの浸透にあるでしょう。
インターネットの世界では、基本的に、あらゆる情報は共有化されてしまいます。
しかも、その結果として顧客のリテラシーは次第に増幅していくものです。
売る側はそのことを常に意識しておかなければなりません。
商品やサービスを売りにくくなった、と感じている営業マンもいらっしゃるかもしれません。
しかし一方で、顧客のリテラシーが高まることで売りやすくなった、と感じている営業マンも確実にいるのです。
その差は何なのか、一度きちんとつきつめて考えてみる必要があるでしょう。
いつの時代にも悪徳な業者はいます。
インターネットの時代には、インターネットを使わない(あるいは使えない)消費者、とりわけ高齢の方が、集中的に悪徳な販売員のターゲットにされてしまう可能性が出てきます。
この傾向は消費者だけではなく売る側も、きちんと監視しておかなければなりませせん。
今日は株式会社ルヴィの登録商標であるリテラシーマーケティングの基本の基本を、ほんの少しだけご説明したいと思います。
インターネットの本質を理解していない人々は、しばしば個人のリテラシーをあるレベルに定まったものだと考える傾向があります。
これは、学歴によって教養の水準がほぼ決まっているというような旧来の考え方と同種です。
しかし、今、この考え方は非常に危険なんですね。
インターネットがすばらしいのは、これまで一部の人々の間にしか流通していなかったさまざまな情報や知識を、どんどん共有化していっていることです。
その結果、一人一人のリテラシーは徐々に高まっていくわけです。
旧世代の人々の中には、いまだにこのことを理解できていない人も結構いるようです。
今日、顧客のリテラシーを把握しなければセールスが成り立たないのは当たり前すぎるほど当たり前の話ですが、それだけでは足りないし、むしろ危険でもあります。
セールスした側が知らないところで、いつの間にか顧客のリテラシーが増幅してしまうわけですから。
最悪の場合、顧客の今のリテラシーを前提にクロージングしてしまうと、後々セールスした側が不審をかってしまうことにもなりかねません。
たとえば、ある商品に販売する側の手数料その他が含まれている場合には、他の商品の手数料との比較を示した上で顧客にきちんとそれを伝えておかなければなりません。
顧客は遅かれ早かれ、その商品のしくみに関する諸々のことを知ってしまうことでしょう。
少し長い文章になってしまったので、このへんで終わりにしたいと思いますが、
リテラシーマーケティングのマーケティング手法としての本質は、個人のリテラシーが成長していくことを前提としているところにある、と言えるわけです。
インターネットの本質を理解していない人々は、しばしば個人のリテラシーをあるレベルに定まったものだと考える傾向があります。
これは、学歴によって教養の水準がほぼ決まっているというような旧来の考え方と同種です。
しかし、今、この考え方は非常に危険なんですね。
インターネットがすばらしいのは、これまで一部の人々の間にしか流通していなかったさまざまな情報や知識を、どんどん共有化していっていることです。
その結果、一人一人のリテラシーは徐々に高まっていくわけです。
旧世代の人々の中には、いまだにこのことを理解できていない人も結構いるようです。
今日、顧客のリテラシーを把握しなければセールスが成り立たないのは当たり前すぎるほど当たり前の話ですが、それだけでは足りないし、むしろ危険でもあります。
セールスした側が知らないところで、いつの間にか顧客のリテラシーが増幅してしまうわけですから。
最悪の場合、顧客の今のリテラシーを前提にクロージングしてしまうと、後々セールスした側が不審をかってしまうことにもなりかねません。
たとえば、ある商品に販売する側の手数料その他が含まれている場合には、他の商品の手数料との比較を示した上で顧客にきちんとそれを伝えておかなければなりません。
顧客は遅かれ早かれ、その商品のしくみに関する諸々のことを知ってしまうことでしょう。
少し長い文章になってしまったので、このへんで終わりにしたいと思いますが、
リテラシーマーケティングのマーケティング手法としての本質は、個人のリテラシーが成長していくことを前提としているところにある、と言えるわけです。
「リテラシーマーケティング」は株式会社ルヴィの登録商標(第4965180号)です。
株式会社ルヴィは、インターネットの普及が様々な分野における個人のリテラシーをかつてなく高めることをいち早く予測し、新しいマーケティング・広告手法として活動の基本としました。
出願は2005年12月20日です。
今日、個人のリテラシーを考慮しない広告やメディアは通用しなくなりつつあります。
時代は確実に変化しています。
これは、間違いなく良い方向への変化でしょう。
株式会社ルヴィはお客様それぞれの「リテラシーマーケティング」のお手伝いをすることで、あらゆる立場の個人や企業にとって、より良い社会の実現を目指していきます。
株式会社ルヴィは、インターネットの普及が様々な分野における個人のリテラシーをかつてなく高めることをいち早く予測し、新しいマーケティング・広告手法として活動の基本としました。
出願は2005年12月20日です。
今日、個人のリテラシーを考慮しない広告やメディアは通用しなくなりつつあります。
時代は確実に変化しています。
これは、間違いなく良い方向への変化でしょう。
株式会社ルヴィはお客様それぞれの「リテラシーマーケティング」のお手伝いをすることで、あらゆる立場の個人や企業にとって、より良い社会の実現を目指していきます。
作詞家の阿久悠(あくゆう)さんが亡くなったとき、
作曲家の森田公一さんがテレビで思い出を語っていました。
一緒に大ヒット曲「青春時代」を手がけた頃、
阿久悠さんが森田さんにたずねたそうです。
「若い頃食べたカレーライスやラーメンの味を覚えてる?」と。
森田さんが「もちろん覚えているよ」と答えると、
阿久悠さんは「あの味を忘れないようにしたいね」と言ったそうです。
これは音楽にかかわる人だけではなく、何か新しいものを作り出そうとする人にとって、
とても大事なことだと思います。
若い頃はあまりお金がありません。
だから、その頃に食べるカレーやラーメンは、
学食等で食べる安いものが大半です。
当然極上の味ではないけれども、空腹を満たすことが最優先の若い時には、
それで十分でした。
「あの味」の記憶の中には、
世の中に存在していいはずなのにまだ存在していないものを作り出す、
創造的なエネルギーの源があるような気がします。
自分にとって「あの味」は、
自分の内のエネルギーが世間の枠にはまり込む前の、
外へ爆発する力を秘めつつまだ特定の形を持たなかった頃の、
確かな記憶です。
会社としてのRUVYの歩みは今のところ本当にゆっくりですが、
着実にやりたいことの実現に向けて準備は進んでいます。
以上、ご報告まで。
作曲家の森田公一さんがテレビで思い出を語っていました。
一緒に大ヒット曲「青春時代」を手がけた頃、
阿久悠さんが森田さんにたずねたそうです。
「若い頃食べたカレーライスやラーメンの味を覚えてる?」と。
森田さんが「もちろん覚えているよ」と答えると、
阿久悠さんは「あの味を忘れないようにしたいね」と言ったそうです。
これは音楽にかかわる人だけではなく、何か新しいものを作り出そうとする人にとって、
とても大事なことだと思います。
若い頃はあまりお金がありません。
だから、その頃に食べるカレーやラーメンは、
学食等で食べる安いものが大半です。
当然極上の味ではないけれども、空腹を満たすことが最優先の若い時には、
それで十分でした。
「あの味」の記憶の中には、
世の中に存在していいはずなのにまだ存在していないものを作り出す、
創造的なエネルギーの源があるような気がします。
自分にとって「あの味」は、
自分の内のエネルギーが世間の枠にはまり込む前の、
外へ爆発する力を秘めつつまだ特定の形を持たなかった頃の、
確かな記憶です。
会社としてのRUVYの歩みは今のところ本当にゆっくりですが、
着実にやりたいことの実現に向けて準備は進んでいます。
以上、ご報告まで。
上野の森美術館に鹿児島出身の漫画家、井上雄彦氏の「最後のマンガ展」を見にいってきました(昨日)。
始まってからもう1ヶ月ほどになるのですが、いまだに行列ができています。

行列に並ぶのは本当に久しぶりだったのですが、40分ほど並びました。
展示の内容は『バガボンド』です。
順番に見ていくとひとつのストーリーになっています。
それにしても、絵に迫力がありますね。
とりわけ、大きな画面に筆で書かれた作品はすばらしいです。
井上氏の作品を家に飾っておけば、外国人のお客はきっと「グレイト!!!」と大喜びするでしょう。
個人的には1枚数百万、数千万(あるいはもっと)の価値があると思ったりします。
そういえば、以前取得したドメインpopart.jp が具体的なサイトとして日の目を見るのはいつになるのでしょうか?
などと、他人事のように言っていますが、これまでにやろうと考えた企画は、時間がかかってもすべてやるつもりです。
漫画にたとえれば、ひとつひとつの企画が自分にとっての長編作品だと思っています。
始まってからもう1ヶ月ほどになるのですが、いまだに行列ができています。
行列に並ぶのは本当に久しぶりだったのですが、40分ほど並びました。
展示の内容は『バガボンド』です。
順番に見ていくとひとつのストーリーになっています。
それにしても、絵に迫力がありますね。
とりわけ、大きな画面に筆で書かれた作品はすばらしいです。
井上氏の作品を家に飾っておけば、外国人のお客はきっと「グレイト!!!」と大喜びするでしょう。
個人的には1枚数百万、数千万(あるいはもっと)の価値があると思ったりします。
そういえば、以前取得したドメインpopart.jp が具体的なサイトとして日の目を見るのはいつになるのでしょうか?
などと、他人事のように言っていますが、これまでにやろうと考えた企画は、時間がかかってもすべてやるつもりです。
漫画にたとえれば、ひとつひとつの企画が自分にとっての長編作品だと思っています。
最近YouTubeで高校時代聴いていたエアロスミスを発見したことがきっかけで、20数年迷ったあげくに、ついに1982年のアルバム「Rock in a Hard Place」を買いました。
「20数年迷ったあげく」というのはもちろん誇張ですが、当時大学生だった自分は、このアルバムを買おうかどうしようか本当に悩んだのです。
大学生なので、あまりお金がありません。
アルバムはかなり大きな出費です。

で、結局買うのを止めました。
一つ前の作品「Night in the Ruts」の線の細さにがっかりさせられていたことや、音楽雑誌のレビューに否定的なことが書かれていたこと、また、エアロスミスのようなヘビメタではないハードロックの時代ではなくなっていたことなどが理由です。
(「Rock in a Hard Place」というタイトルはそれを暗示しているのではないでしょうか。)
元来ミーハーなので、それからマイケルジャクソンやマドンナのアルバムを聴くようになりました。
いや~、情けない。
(マイケルジャクソンやマドンナを否定しているわけではもちろんありません。)
発売から20数年を経て初めて聴いた「Rock in a Hard Place」は、個人的にかなり気に入ってしまいました。
ギターのジョー・ペリーなどが抜けていた時期の作品であり、Wikipediaに書かれているように「バンドとしてのマジックがまったく感じられない」ものではありますが、マジックはなくてもシンプルなロック(ロックンロール)がすごく心地いいです。
82年時点でもし試聴する機会があれば、間違いなく買っていました。
実際に音を自分の耳で聴くことなく、音楽雑誌のレビューに影響されてしまった自分がまた情けないです。
音楽は聞こえてこないことには始まりません。
その意味で、音楽を作っている人たちはYouTubeなどをもっと積極的にプロモーションに活用してもいいような気がします。
P.S.
「「Night in the Ruts」の線の細さにがっかりさせられていた」と書きましたが、この演奏は全然細くないですね。
Aerosimith Chiquita
「Chiquita」が「Night in the Ruts」に入っていたという記憶がまったくありませんでした。
「Night in the Ruts」もCDでまた聴いてみたいです。
「20数年迷ったあげく」というのはもちろん誇張ですが、当時大学生だった自分は、このアルバムを買おうかどうしようか本当に悩んだのです。
大学生なので、あまりお金がありません。
アルバムはかなり大きな出費です。

で、結局買うのを止めました。
一つ前の作品「Night in the Ruts」の線の細さにがっかりさせられていたことや、音楽雑誌のレビューに否定的なことが書かれていたこと、また、エアロスミスのようなヘビメタではないハードロックの時代ではなくなっていたことなどが理由です。
(「Rock in a Hard Place」というタイトルはそれを暗示しているのではないでしょうか。)
元来ミーハーなので、それからマイケルジャクソンやマドンナのアルバムを聴くようになりました。
いや~、情けない。
(マイケルジャクソンやマドンナを否定しているわけではもちろんありません。)
発売から20数年を経て初めて聴いた「Rock in a Hard Place」は、個人的にかなり気に入ってしまいました。
ギターのジョー・ペリーなどが抜けていた時期の作品であり、Wikipediaに書かれているように「バンドとしてのマジックがまったく感じられない」ものではありますが、マジックはなくてもシンプルなロック(ロックンロール)がすごく心地いいです。
82年時点でもし試聴する機会があれば、間違いなく買っていました。
実際に音を自分の耳で聴くことなく、音楽雑誌のレビューに影響されてしまった自分がまた情けないです。
音楽は聞こえてこないことには始まりません。
その意味で、音楽を作っている人たちはYouTubeなどをもっと積極的にプロモーションに活用してもいいような気がします。
P.S.
「「Night in the Ruts」の線の細さにがっかりさせられていた」と書きましたが、この演奏は全然細くないですね。
Aerosimith Chiquita
「Chiquita」が「Night in the Ruts」に入っていたという記憶がまったくありませんでした。
「Night in the Ruts」もCDでまた聴いてみたいです。
JUMONクーポン(R)の進行が滞っています。
その理由は、当初自分が想定していたよりももう少し大きく展開した方がいいのではないかと考えているからです。
具体的内容は現段階ではまだ公にはできません。
ただ、どういう状況においてセッティングしたときにJUMONが最も役に立つかということと関係しています。
JUMONはJUMONのコンセプトが一番生かされる局面でまず使用されるべきでしょう。
ビジネスの順番としても、本来そこから始めるべきではないかと思います。
ただ一方で、小さく少しずつ動かしておいてもいいのかなという気もします。
完全に動きを止めてしまうと、車輪がさびついてしまうかもしれません。
とにかく、今JUMONは「もうしばらくお待ちください。」状態です。
その理由は、当初自分が想定していたよりももう少し大きく展開した方がいいのではないかと考えているからです。
具体的内容は現段階ではまだ公にはできません。
ただ、どういう状況においてセッティングしたときにJUMONが最も役に立つかということと関係しています。
JUMONはJUMONのコンセプトが一番生かされる局面でまず使用されるべきでしょう。
ビジネスの順番としても、本来そこから始めるべきではないかと思います。
ただ一方で、小さく少しずつ動かしておいてもいいのかなという気もします。
完全に動きを止めてしまうと、車輪がさびついてしまうかもしれません。
とにかく、今JUMONは「もうしばらくお待ちください。」状態です。
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